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映画『我々は宇宙人』に原作はある?漫画・小説ではないオリジナル作品

映画『我々は宇宙人』の「原作はある?」「オリジナル作品」の文字と、教室の少年2人や宇宙モチーフを描いたイラスト レビュー・感想

映画『我々は宇宙人』を知って、「これって漫画や小説が原作なのかな?」と気になった人もいるんじゃないかな。

先に答えると、『我々は宇宙人』に既存の漫画や小説の原作はありません。企画・脚本・監督を門脇康平さんが手がけたオリジナル長編アニメーションです。

でもね、この作品は「原作がない=現実とは何のつながりもない」というタイプのオリジナル作品でもないの。

門脇監督は、自分の子ども時代や初恋、昔の友人との関係などを物語へ取り入れたことを明かしています。だから今回は、原作の有無だけじゃなく、実話やモデルとはどこまでつながっているのかまで整理してみるね。

『我々は宇宙人』の原作・制作背景

項目 確認内容
漫画・小説の原作 なし
作品形態 オリジナル長編アニメーション
企画・脚本・監督 門脇康平
実体験との関係 監督自身の体験を一部反映
登場人物のモデル 監督自身や実在人物を参考にした部分あり

映画『我々は宇宙人』に原作はない|オリジナル長編アニメ

まず一番大事なところから確認しておこう。

『我々は宇宙人』は、2026年9月25日に全国公開された長編アニメーション映画。制作するNOTHING NEWは、本作を「オリジナル劇場長編アニメーション」として発表しています。

漫画・小説・既存アニメを原作にした作品ではない

映画の公式クレジットを見ると、企画・脚本・監督は門脇康平さん。漫画家や小説家などの「原作者」にあたるクレジットはありません。

つまり、『我々は宇宙人』は漫画を映画化した作品でも、小説をアニメ化した作品でも、既存のTVアニメから派生した劇場版でもないんだよね。

似たタイトルの小説や漫画が検索で出てくることはありますが、2026年公開の映画『我々は宇宙人』とは別作品です。

『我々は宇宙人』を見る前に、読んでおく必要のある原作漫画や小説、先に見ておくTVシリーズはありません。映画からそのまま入れる独立した作品です。

企画・脚本・監督は門脇康平が担当

原作がない分、この映画の物語そのものを作った人物として重要なのが門脇康平監督です。

門脇監督は企画と脚本だけでなく、監督、絵コンテ、編集にも深く関わっています。『我々は宇宙人』は、誰かの原作を映像へ置き換えた作品というより、門脇監督が長編アニメーションとして立ち上げた物語と考えるのがいちばん近いです。

ここまでなら「原作のないオリジナル映画」で話は終わりそう。でも、この作品は制作背景を知るともう一段おもしろくなるの。

門脇監督自身の記憶が、物語のかなり近い場所にあるからです。

原作がない『我々は宇宙人』は何をもとに作られた?

門脇監督は映画.comのインタビューで、作品自体はフィクションとしながらも、観客が実感を持って信じられる物語にするため、自分の経験や人生を生かそうと考えたと話しています。

つまり、「実際に起きた出来事をそのまま映画化した」のではなく、現実の記憶や感情を材料にしてフィクションを組み立てた作品なんだよね。

「初恋」と「昔の友人との疎遠」が物語の出発点

門脇監督が長い間考え続けてきたものの中で、特に物語を膨らませやすかったのが「初恋」と「昔の友人との疎遠」だったそうです。

『我々は宇宙人』では、“普通”であることに悩む翼と、“特別”な存在として周囲から見られる暁太郎の関係が30年にわたって描かれます。

その友情をゼロから作った設定だけで組み立てるのではなく、監督自身が知っている子どもの距離感や、人と離れてしまった記憶を土台にしているわけです。

さらに時代設定も、門脇監督自身が子どもだった平成後期を選択。学校や遊び、身の回りの物まで、自分が解像度高く思い出せる時代を物語の舞台にしています。

監督の実体験は全体の2〜3割ほど

じゃあ、映画のどのくらいが実体験なのか。

アニメ!アニメ!のインタビューで門脇監督は、自分の実体験から来ているエピソードについて「全体の2、3割くらい」と説明しています。

この数字はかなり分かりやすいよね。

映画の大部分を「監督に実際に起きたこと」と考えるのは違う。でも、作品の一部には本物の記憶が確実に混ざっている。

特に初恋に関するエピソードは、監督自身が実体験をもとにしていると明かしています。

ひな
ひな
オリジナル作品なのに妙に「誰かの記憶を見ている」感じがするなら、その理由の一つはここかも。全部が実話じゃないからこそ、個人的な記憶を物語として広げられるんだよね。

翼・暁太郎・小夏には実在の記憶や人物が重なっている

実体験が入っているのは、出来事だけではありません。

門脇監督は、主人公の翼と暁太郎について、自分はどちらか一方ではなく、二人の両方に自分自身が入っていると説明しています。

映画.comのインタビューでは、その感覚を「翼が4、暁太郎が6くらい」と表現。中学受験やゲーム機をめぐってクラスの輪へ入れるか悩んだことなどは翼側、初恋の相手への気持ちを周囲に隠していた経験などは暁太郎側に近いそうです。

一方、小夏についてはさらに具体的で、監督自身が初恋の女の子という明確なモデルがいることを明かしています。

ただし、ここで「小夏=実在する初恋相手をそのままアニメ化した人物」と考えるのも早いです。

キャラクターは物語を成立させるために作られていて、実在人物の要素はあくまでその材料の一部。モデルがいることと、現実の人物を忠実に再現していることは別なんだよね。

『我々は宇宙人』は実話?モデルはいても物語自体はフィクション

ここまで読むと、「じゃあ『我々は宇宙人』って半分くらい実話なの?」と思うかもしれません。

でも、作品の位置づけとしては実話映画ではなくフィクションです。

「モデルがいる」と「実話映画」は同じではない

門脇監督自身が、作品についてフィクションであることを前提に語っています。

現実から持ち込まれているのは、子ども時代の出来事や初恋、友人との距離感、学校で感じたことなど。その記憶をそのまま再現するのではなく、翼と暁太郎の物語として再構成しているの。

だから整理すると、こんな関係です。

  • 漫画・小説などの原作作品はない
  • 門脇康平監督によるオリジナル脚本
  • 監督自身の実体験が一部のエピソードに使われている
  • 実在人物を参考にしたキャラクターもいる
  • それでも映画全体はフィクションとして作られている

「原作なし」と「元になった現実が何もない」は同じではないというところが、この映画ではかなり大事です。

門脇康平監督自身も翼と暁太郎の両方に重なる

藤本タツキさんと門脇監督による公式対談でも、門脇監督は翼と暁太郎について「半分ずつ自分って感じがする」と語っています。

一人の作者を一人の主人公へ重ねるのではなく、性格や経験を二人へ分けている。この話を知ると、「どちらが監督本人のモデルなの?」という問い自体が少し違って見えてくるんだよね。

対談では二人の小学生時代の記憶や創作の原体験まで話が広がっていて、今回の「原作がないなら何が物語の源なの?」という疑問ともかなり相性のいい内容です。

翼の一部にも暁太郎の一部にも監督自身がいる。そして、小夏などには実在人物の記憶も重なっている。

この作り方なら、特定の一人をそのまま再現するよりも、監督が子どもの頃に感じていた複数の感情を別々のキャラクターから描けます。

『我々は宇宙人』を「監督の自伝」と決めつけるより、個人的な記憶を分解して、フィクションの人物たちへ組み直した作品として見る方が、確認できている制作背景には近そうです。

『我々は宇宙人』の原作漫画・小説を先に読むことはできる?

最後に、映画を見る前に原作を読んでおきたい人向けに確認しておこう。

既存作品の映像化ではないため、映画本編より先に物語を知れる「原作」はありません。

映画前に読む必要のある原作はない

『我々は宇宙人』には、事前履修として必要な漫画、小説、TVアニメシリーズはありません。

公式のあらすじや予告編以上の予備知識がなくても、映画を物語の最初の作品として見ればOKです。

むしろ原作付き作品のように、「どこまで映像化される?」「原作改変はある?」と気にする必要がないのは、オリジナルアニメならでは。

翼と暁太郎の物語を最初に体験できる媒体そのものが、この劇場アニメなんだよね。

コミカライズ・ノベライズは2026年9月26日時点で公式発表を確認できず

2026年9月26日時点で、映画公式やNOTHING NEWの発表を確認した範囲では、『我々は宇宙人』の公式コミカライズやノベライズの発表は確認できませんでした。

劇場用パンフレットは発売されていますが、これは映画の公式資料であって、物語の原作漫画や原作小説ではありません。

今後コミカライズやノベライズが発表される可能性まで否定することはできません。現時点では「原作は存在せず、公式な漫画化・小説化の発表も確認できない」と捉えるのが正確です。

原作がないと聞くと、作品について事前に知れることが少ないようにも感じるけど、『我々は宇宙人』の場合はちょっと逆かもしれません。

門脇監督のインタビューをたどると、漫画や小説という「原作」の代わりに、監督自身が過ごした平成の子ども時代や初恋、友人との記憶が物語の奥にあることが見えてきます。

映画を見たあと、「この場面もどこか実体験から来ているのかな」と考えてみると、フィクションと記憶の境界まで気になってくる作品なんだよね。

ひなのFinal Note

  • 『我々は宇宙人』に漫画・小説などの既存原作はなく、門脇康平監督によるオリジナル長編アニメーション
  • 監督自身の説明では、実体験由来のエピソードは全体の2〜3割ほどで、初恋や子ども時代の経験が反映されている
  • 翼と暁太郎にはそれぞれ監督自身の要素があり、小夏には初恋相手という明確なモデルがいる
  • 実在の記憶や人物を材料にしていても、作品そのものは実話ではなくフィクションとして構築されている

「原作はない」と分かって終わりじゃなくて、その代わりに何が物語の根っこにあるのかまで見ていくと、この映画の輪郭が少し変わって見えてくる。翼か暁太郎のどちらか一人が監督自身なのではなく、二人の中に別々の記憶が残っている。そのことを知ってから見る平成の風景は、ただ懐かしいだけの背景とは少し違って感じられそうです。

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